街の風景
役所の前にタクシーを止め、 運転手さんに少し待ってもらえるようお願いして、 彼女は降りてきた。 その目には、運転手への最低限の微笑みと、 やらなくてはならないことに追われている気配と、 そして、奥のほうに沈んだ悲しみが入り混じっている。 私は庁…
焼き鳥の香ばしい香りがする。 私は魚が好きだけど、この焼き鳥っていうのも結構好き。 食べたことがないのになんで好きだなんて言えるのかって? 食べたこと……あるのよ。 この前、ここで買ってたお兄さんが缶ビール片手に食べててね、 最後の一つが串から落…
灰色のビルから出てきた女性は、小さなため息をついた。スラッと背が高く、色白でとても華奢だ。 私と目が合うと、そっと目を細めた。 綺麗な人なのにいまにも消えてしまいそうな弱さも感じた。 「ねこちゃん、ひとり?」私に話しかけてくれた。 彼女は続け…
ボクシングジムの前で、汗だくの男がしゃがみこんでいた。 地上27センチから見上げると、人間はいつも少し、無防備だ。 この男も例外じゃない。 濡れた背中から、鉄とゴムと人の匂いが混ざった空気が流れてくる。 拳はまだ熱を持っていて、殴る相手を失った…
日本水仙が、今年も綺麗に咲いている庭がある。この家には、かわいいおばあちゃんが住んでいる。 初夏になると、柘榴の木に赤い花が咲く。薔薇も、南天も、この庭では順番を知っているみたいに咲く。 きっと、住んでいる人の性格が、 そのまま庭に映っている…
昼下がりの駅前。カフェのバルコニー席に、人間の女が二人、並んで腰を下ろしていた。 私は少し離れた植え込みの縁で、日向と日陰の境目を選びながら、その声を聞いていた。 「私ね、スッキリ卒婚したの」 そう言った方の女は、肩をすくめて笑った。 重たい…
住宅街のゴミ捨て場は、夕方になると妙に真面目な顔をする。 曜日と分別と当番表が、きちんと並んで立っている場所だ。 そこへ、その人は来る。少し遠くから。わざわざ、息を整えながら。 私は知っている。この年配の女性が、ここまでゴミを捨てに来る理由を…
朝の路地は、もう完全に平日だ。 音も動きも、ためらいがない。 私はいつもの日向で、街が流れていくのを見ている。 その人は、立ち止まらなかった。歩きながら、スマートフォンを取り出す。 画面を一度だけ見て、指を動かし、すぐにしまった。 迷う時間は、…
街はもう、正月の顔をしていない。 シャッターは全部開き、朝の足音も揃ってきた。 再起動は終わった、という雰囲気だ。 それでも私は、同じ人を何度か見かける。 同じ時間、同じ角。 仕事に行くような服を着ているのに、 歩き出さない人。 スマートフォンを…
朝の空は、驚くほど澄んでいた。 雲ひとつない青の奥を、白い線を引きながら飛行機が進んでいく。 どこへ行くのかは知らない。 ただ、遠くへ向かっていることだけは分かる。 私は電柱の影に座り、その様子を眺めていた。 吐く息は白いが、風は昨日よりやわら…